営業がうまくいかない人の多くは、営業トークや話し方に問題があると考えがちです。しかし実際には、問題はもっと手前の段階にあります。それは「何を誰に提供するのか」が曖昧なまま営業活動をしているという点です。ターゲットが明確でなければ、どこで誰と出会えばいいのかがわかりません。提供価値が曖昧であれば、相手に響く言葉で自分のサービスを説明することができません。
この章では、ターゲットを具体化し、相手が本当に求めている成果を言葉にする方法を解説します。さらに、自分ができることを「作業」として説明するのではなく、「相手の状況にどんな変化をもたらすのか」という視点で整理します。ここが明確になると、発信内容も提案も一貫性を持ち、価格設定や見積もりもブレにくくなります。結果として、営業活動全体の効率が大きく向上するのです。
なぜターゲットを絞ることが重要なのか
多くの人は、ターゲットを絞ることに抵抗を感じます。「できるだけ多くの人に売りたい」「可能性を狭めたくない」という心理が働くからです。しかし、ターゲットを絞らないことは、実際には誰にも届かないメッセージを発信し続けることになります。
たとえば、「誰でもウェルカム」と言っているカフェと、「子連れのお母さんがゆっくりできる空間を提供します」と明言しているカフェがあったとします。子育て中の母親は、後者のカフェに強く惹かれるでしょう。なぜなら、自分のニーズが理解されていると感じるからです。前者のカフェは誰も排除していないように見えますが、同時に誰にとっても特別な場所ではありません。
ターゲットを絞ることは、特定の人に深く刺さるメッセージを作ることを可能にします。そして、深く刺さるメッセージは、口コミや紹介を生みやすくなります。「こういう人にぴったりのサービスがあるよ」と具体的に紹介できるからです。
また、ターゲットが明確であれば、どこに自分の時間とエネルギーを投資すべきかがわかります。参加すべきイベント、発信すべきSNSのプラットフォーム、作成すべきコンテンツのテーマなど、すべてがターゲットに合わせて最適化されます。逆にターゲットが曖昧だと、あらゆる場所に手を出し、結果としてどこでも中途半端になってしまいます。
ターゲットを具体化する方法
ターゲットを具体化するとは、単に「30代のビジネスパーソン」といった属性を決めることではありません。もっと深く、その人がどんな状況にいて、何に困っていて、どんな未来を望んでいるのかを理解することです。
ターゲットを具体化する第一歩は、これまで自分が関わってきた人の中で、最も成果を出せた相手や、最もやりがいを感じた相手を思い出すことです。その人は、どんな業種で働いていましたか。どんな課題を抱えていましたか。どんな性格や価値観を持っていましたか。これらを具体的に書き出すことで、自分が本当に力を発揮できる相手の輪郭が見えてきます。
次に、その人が抱えている課題を深掘りします。たとえば、「売上が伸びない」という表面的な課題の裏には、「新規顧客の獲得方法がわからない」「既存顧客のリピート率が低い」「商品の魅力が伝わっていない」など、さまざまな具体的な問題があります。この具体的な問題こそが、あなたが解決すべきポイントです。
ターゲットを具体化するもう一つの方法は、ペルソナを作ることです。ペルソナとは、架空の一人の人物像を詳細に設定することです。名前、年齢、職業、家族構成、一日のスケジュール、抱えている悩み、目指している目標などを具体的に描きます。このペルソナを作ることで、発信や提案を考えるときに「この人に届くか」という視点で判断できるようになります。
ただし、ペルソナを作る際に注意すべきは、自分の思い込みだけで作らないことです。可能であれば、実際にターゲットに近い人に話を聞き、リアルな声を反映させます。また、ペルソナは一度作って終わりではなく、実際の顧客とのやり取りを通じて継続的にアップデートしていくものです。
相手が本当に欲しい成果を言葉にする
ターゲットが明確になったら、次は相手が本当に欲しい成果を言葉にします。ここで重要なのは、相手は「作業」を買いたいのではなく、「成果」や「変化」を買いたいと思っているという点です。
たとえば、ウェブサイトを制作するサービスを提供している場合、顧客が欲しいのは「ウェブサイトそのもの」ではありません。顧客が本当に欲しいのは、「ウェブサイトを通じて新規顧客を獲得すること」「ブランドイメージを向上させること」「問い合わせの対応を効率化すること」といった成果です。ウェブサイトは、その成果を実現するための手段に過ぎません。
この違いを理解することは、営業において決定的に重要です。なぜなら、作業を説明しても相手の心は動きませんが、成果を示せば相手は自分の未来をイメージできるからです。「デザイン性の高いサイトを作ります」と言うよりも、「訪問者が思わず問い合わせたくなるようなサイトを作り、月間の問い合わせ数を倍増させます」と言う方が、相手にとっての価値が明確です。
相手が欲しい成果を明らかにするには、ヒアリングが欠かせません。「なぜこのサービスを検討しているのですか」「このプロジェクトが成功したとき、どんな状態になっていますか」「それが実現すると、どんないいことがありますか」といった質問を通じて、相手の真のゴールを掘り下げます。
また、成果は定量的に示すことも重要です。「業務が楽になる」ではなく「週に5時間の作業時間を削減できる」、「売上が上がる」ではなく「3か月で売上を20パーセント増加させる」といった具体的な数字を示すことで、相手は投資対効果を判断しやすくなります。
自分ができることを「変化」で説明する
自分のサービスを説明するとき、多くの人は「何をするか」を説明します。たとえば、「記事を書きます」「デザインを作ります」「SNSを運用します」といった具合です。しかし、これは作業の説明であり、相手にとっての価値を伝えていません。
価値を伝えるには、「何をするか」ではなく「相手にどんな変化が起きるか」を説明する必要があります。たとえば、記事を書くサービスであれば、「専門性を示す記事を定期的に発信することで、業界内での認知度を高め、問い合わせが自然に増える状態を作ります」と説明します。デザインであれば、「ターゲット層に響くビジュアルを作り、商品の価値が正しく伝わることで購入率を向上させます」となります。
この「変化」を説明するためには、自分の提供する作業が、相手のビジネスや生活のどの部分に影響を与えるのかを理解する必要があります。そのためには、顧客の業務フローや課題の全体像を把握することが求められます。たとえば、SNS運用を提供する場合、単に投稿を代行するだけでなく、その投稿がどのように顧客獲得につながるのか、ブランド認知にどう貢献するのかを理解し、説明できるようにします。
また、変化を説明するときは、ビフォーとアフターを明確にすることが効果的です。「現在は〇〇という状態ですが、私のサービスを利用することで〇〇という状態になります」という構造で伝えることで、相手は自分の状況が改善される様子を具体的にイメージできます。
提供価値を言語化する具体的なステップ
提供価値を明確にするには、いくつかのステップを踏むと整理しやすくなります。
まず、自分が提供できる作業やスキルをすべてリストアップします。たとえば、「記事執筆」「SEO対策」「取材」「編集」「校正」などです。次に、それぞれの作業が相手にとってどんな意味を持つのかを考えます。記事執筆であれば、「専門知識を発信できる」「読者の信頼を得られる」「検索エンジンからの流入が増える」といった意味があります。
さらに、その意味が最終的にどんな成果につながるのかを考えます。読者の信頼を得ることで、「問い合わせが増える」「商品の購入につながる」「紹介が生まれる」といった成果が考えられます。このように、作業から意味、意味から成果へと連鎖をたどることで、自分のサービスの本当の価値が見えてきます。
次に、その価値を一文で説明できるようにします。これは、エレベーターピッチと呼ばれる手法です。エレベーターに乗っている短い時間で、自分のサービスを説明できるような簡潔な文章を作ります。たとえば、「中小企業の経営者が、専門性を発信することで信頼を獲得し、自然に顧客が集まる仕組みを作るお手伝いをしています」といった具合です。
この一文を作ることで、初対面の人に自己紹介するとき、SNSのプロフィールに書くとき、提案書の冒頭に記載するときなど、さまざまな場面で一貫したメッセージを伝えられるようになります。
ターゲットと提供価値の一貫性を保つ
ターゲットと提供価値が明確になったら、次はそれらを一貫させることが重要です。一貫性がないと、発信がバラバラになり、相手に混乱を与えてしまいます。
たとえば、ターゲットが「起業したばかりの女性経営者」なのに、発信内容が「大企業のマーケティング戦略」ばかりでは、ターゲットには刺さりません。逆に、提供価値が「時間を節約する」ことなのに、ターゲットが「質にこだわりたい人」では、ミスマッチが起きます。
一貫性を保つためには、すべての発信や活動が「このターゲットに、この価値を届ける」という軸に沿っているかを常にチェックします。ブログ記事を書くとき、SNSで投稿するとき、セミナーで話すとき、提案書を作るとき、すべてにおいて「この内容はターゲットにとって価値があるか」「提供価値と矛盾していないか」を自問します。
また、一貫性を保つことは、自分自身のブランドを作ることにもつながります。「〇〇といえばこの人」という認識が広まると、紹介や口コミが生まれやすくなります。たとえば、「子育て中の女性起業家の集客を支援する人」として認識されれば、そのターゲット層の人が困ったとき、あるいは誰かが紹介するとき、真っ先にあなたの名前が思い浮かぶようになります。
ターゲットを見直すタイミング
ターゲットと提供価値は、一度決めたら永遠に固定されるものではありません。事業を進める中で、実際の顧客とのやり取りを通じて、当初の想定と現実にズレがあることがわかる場合があります。また、自分のスキルや関心が変化し、提供できる価値が広がったり深まったりすることもあります。
ターゲットを見直すべきサインはいくつかあります。一つは、想定しているターゲットからの反応が薄い場合です。発信をしても反応がない、提案をしても受注につながらないという状況が続くなら、ターゲット設定が現実とずれている可能性があります。
もう一つは、想定外の層からの依頼が増えている場合です。当初は「30代の男性経営者」をターゲットにしていたのに、実際には「40代の女性管理職」からの依頼が多いといった場合、実際の市場ニーズがどこにあるのかを見直す必要があります。
また、自分自身が提供していて楽しいと感じる相手、成果が出やすいと感じる相手が明確になってきたら、それに合わせてターゲットを再定義することも有効です。無理にターゲットを固定するのではなく、実際の経験から学び、柔軟に調整していくことが大切です。
ただし、頻繁にターゲットを変えることは避けるべきです。一貫性が失われ、信頼を築くことが難しくなるからです。少なくとも半年から一年は同じターゲットで活動を続け、そこで得られたデータや経験をもとに見直しを検討するのが現実的です。
提供価値を磨き続ける
提供価値も、時間とともに磨き続ける必要があります。市場は変化し、顧客のニーズも変わります。また、競合が増えることで、同じ価値を提供していても差別化が難しくなることもあります。
提供価値を磨くためには、常に顧客の声を聞くことが重要です。納品後のフィードバック、日常の会話、SNSでのコメントなど、顧客が何を求めているのか、何に満足しているのか、何に不満を感じているのかをキャッチします。
また、自分自身のスキルを高めることも、提供価値を磨くことにつながります。新しいツールを学ぶ、資格を取得する、関連分野の知識を深めるといった投資が、提供できる価値の幅を広げます。
さらに、競合の動向を観察することも有効です。同じ分野で活動している人がどんな価値を提供しているのかを研究し、自分との違いを明確にします。そして、他の人が提供していない価値や、自分だからこそ提供できる独自の価値を見つけ出し、それを強化していきます。
ターゲットと提供価値が定まると変わること
ターゲットと提供価値が明確になると、営業活動のあらゆる面が変わります。
まず、発信が楽になります。何を発信すればいいのか迷わなくなり、ターゲットに響く内容を自然に選べるようになります。また、発信が一貫しているため、読者はあなたが何者で、何を提供する人なのかをすぐに理解できます。
次に、提案が的確になります。相手の課題を聞いたとき、それが自分のターゲットが抱える典型的な課題であれば、すでに準備している解決策をすぐに提示できます。また、提供価値が明確なので、提案書の構成もブレません。
さらに、価格設定がしやすくなります。提供価値が曖昧だと、自分のサービスにいくらの価値があるのかがわからず、価格設定に自信が持てません。しかし、相手にとっての成果が明確であれば、その成果に対する対価として価格を設定できます。たとえば、「月に10件の問い合わせを増やす」という成果を提供するなら、その成果がクライアントにとってどれだけの価値があるのかを考え、それに見合った価格を提示できます。
また、見積もりもブレにくくなります。提供する内容が明確なので、どの作業にどれだけの時間がかかるのかを正確に見積もれます。追加の要望が来たときも、それが当初の提供価値に含まれるのか、追加料金が発生するのかを明確に判断できます。
ターゲットと提供価値を武器にする
ターゲットと提供価値の明確化は、単なる準備作業ではありません。それ自体が、あなたの最大の武器になります。
明確なターゲットと提供価値を持つことで、あなたは「何でも屋」ではなく「専門家」として認識されます。専門家は信頼され、高い価格でも納得してもらいやすく、紹介も生まれやすくなります。
また、自分自身も迷わなくなります。どのスキルを磨けばいいのか、どの案件を受けるべきなのか、どんな人と関係を築くべきなのか、すべてがクリアになります。結果として、限られた時間とエネルギーを最も効果的に使えるようになります。
ターゲットと提供価値を決めることは、可能性を狭めることではありません。むしろ、自分が本当に力を発揮できる領域を見つけ、そこで圧倒的な価値を提供するための戦略なのです。そしてその戦略こそが、安定した案件獲得と持続的な成長を可能にする基盤となります。