第4章 人生全体で考えるキャリアの形

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なぜ仕事だけで考えてはいけないのか

キャリアを考えるとき、多くの人は仕事の内容や年収、役職といった仕事そのものの要素にばかり目を向けがちです。しかし、仕事は人生の一部に過ぎません。どれだけ理想的な仕事に就いても、それによって他の大切なものを失ってしまっては、本当の意味での幸せは得られません。キャリアデザインとは、仕事を中心に人生を組み立てることではなく、人生全体の中で仕事をどう位置づけるかを考えることなのです。

現実には、仕事と人生の他の要素はトレードオフの関係にあることが多くあります。高い年収を得るためには長時間労働が必要になるかもしれません。キャリアアップのために転勤を受け入れれば、家族との時間や地域とのつながりが犠牲になるかもしれません。やりがいのある仕事を追求した結果、経済的な不安を抱えることもあります。すべてを完璧に満たす選択肢はほとんど存在しないからこそ、自分にとって何が本当に大切なのかを見極める必要があるのです。

また、人生のステージによって優先順位は変わります。20代の独身時代には仕事に全力を注げても、結婚して子どもができれば家族との時間が必要になります。親の介護が始まれば、働き方の柔軟性が求められます。自分自身の健康状態が変われば、それに合わせた調整も必要です。一度決めた働き方を一生続けることが最善とは限りません。その時々の状況に応じて、人生全体のバランスを見直していくことが重要です。

人生全体から考えることは、決して仕事を軽視することではありません。むしろ、長期的に持続可能な働き方を見つけるための現実的なアプローチです。無理をして燃え尽きてしまったり、家族との関係が壊れてしまったり、健康を損なってしまったりすれば、結局はキャリアも続けられなくなります。人生の様々な要素が調和している状態こそが、長く充実したキャリアを支える基盤となるのです。

お金という現実を正面から見つめる

キャリアを考える上で、お金の話を避けて通ることはできません。綺麗事を言っても、生活するためにはお金が必要です。お金が足りなければ、どれだけやりがいのある仕事でも続けることは困難です。だからこそ、自分にとって必要な収入を現実的に把握することが重要です。

まず考えるべきは、最低限必要な生活費です。家賃や住宅ローン、食費、光熱費、通信費、保険料など、毎月確実にかかる固定費はいくらでしょうか。これに加えて、交際費、娯楽費、衣服代など、生活の質を保つために必要な変動費も見積もる必要があります。さらに、将来のための貯蓄や、子どもの教育費、老後の資金なども考慮すれば、必要な収入の全体像が見えてきます。

ここで重要なのは、見栄や他人との比較ではなく、自分の生活実態に基づいて考えることです。SNSで見る他人の生活や、メディアが描く理想の暮らしに惑わされてはいけません。自分は実際にどれくらいのお金があれば、安心して生活できるのか。この問いに正直に答えることが出発点です。

収入と幸福度の関係も理解しておく必要があります。研究によれば、収入は一定の水準までは幸福度と相関しますが、それを超えると相関は弱くなるとされています。つまり、生活に困らない程度の収入があれば、それ以上収入が増えても必ずしも幸せになるわけではないということです。年収を追い求めるあまり、時間や健康、人間関係を犠牲にすることは、総合的に見ればマイナスになることもあるのです。

将来の収入の見通しも考慮すべき要素です。今は収入が低くても、経験を積むことで将来的に大きく増える可能性がある仕事もあります。反対に、今は高収入でも、業界の先行きが不透明で将来的には下がる可能性もあります。目先の金額だけでなく、5年後、10年後の収入の見込みも含めて判断することが賢明です。

また、収入を増やす方法は転職だけではありません。副業で収入源を複数持つことも、スキルアップして社内で昇進することも、投資で資産を増やすことも選択肢です。本業の収入にこだわりすぎず、収入全体をどう設計するかという視点を持つことで、キャリアの選択肢は広がります。

お金の話は後ろめたいものではありません。経済的な安定があってこそ、精神的な余裕が生まれ、やりたいことにも挑戦できるようになります。自分にとって必要な収入を明確にし、それを実現できるキャリアを考えることは、極めて現実的で重要な作業なのです。

時間という有限の資源をどう使うか

お金と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが時間です。時間は誰にとっても平等に24時間しかなく、増やすことも貯めることもできません。この有限な資源をどう配分するかが、人生の質を大きく左右します。キャリアを選ぶということは、自分の時間をどう使うかを選ぶことでもあるのです。

仕事に費やす時間は、給料だけでは測れません。通勤時間も含めれば、一日のうち仕事に関連する時間は相当な割合を占めます。残業が多い職場であれば、平日はほとんど仕事だけで終わってしまうこともあります。休日出勤があれば、家族との時間や自分の趣味に使える時間はさらに減ります。この現実を直視せずにキャリアを選ぶことは、大きなリスクです。

時間の価値は人によって異なります。若いうちは時間よりもお金や経験を優先できるかもしれません。長時間働いてでもスキルを身につけたい、キャリアを築きたいという時期もあるでしょう。しかし、家族ができたり、趣味や学びに時間を使いたくなったり、健康に配慮する必要が出てきたりすれば、時間の価値は相対的に高まります。自分が今どのステージにいるのかを認識することが重要です。

働き方の柔軟性も時間の使い方に大きく影響します。リモートワークができれば通勤時間がなくなり、その分を他のことに使えます。フレックスタイム制があれば、自分のペースで働けます。時短勤務やパートタイムの選択肢があれば、家庭との両立がしやすくなります。こうした制度が整っているかどうかは、企業選びの重要な判断材料になります。

時間とお金のバランスも考えるべきポイントです。たとえば、年収が100万円高い仕事Aと、年収は低いが残業がほとんどない仕事Bがあったとします。仕事Aを選べば、月に8万円ほど多く稼げますが、毎日2時間の残業があるとすれば、月40時間を失うことになります。この40時間に8万円以上の価値があると感じるかどうかは、個人の判断です。時給換算すれば2000円ですが、その時間で家族と過ごしたり、副業をしたり、自己投資をしたりすることの価値をどう見るかということです。

また、時間の使い方には質の問題もあります。ダラダラと長時間働くのと、集中して効率よく働くのでは、同じ時間でも意味が違います。無駄な会議や形式的な残業で時間を消費する職場と、生産性を重視して働ける職場では、同じ労働時間でも得られるものが異なります。単純に労働時間の長さだけでなく、その時間の質にも注目することが大切です。

自分にとって時間とお金のどちらが優先かを明確にすることは、キャリアの方向性を決める上で欠かせません。この優先順位は、人生のステージや状況によって変わることもあります。定期的に見直しながら、その時々の自分にとって最適なバランスを探していくことが重要なのです。

健康という土台を忘れない

どれだけ素晴らしいキャリアを築いても、健康を失ってしまえば意味がありません。健康は、仕事も人生も楽しむための最も基本的な土台です。しかし、若いうちは健康を当たり前のものと考えて、無理を重ねてしまうことがあります。キャリアを考える際には、自分の健康を守れる働き方かどうかを必ず考慮する必要があります。

長時間労働や過度なストレスは、確実に健康を蝕みます。睡眠不足が続けば、集中力や判断力が低下し、仕事のパフォーマンスも落ちます。慢性的なストレスは、メンタルヘルスに深刻な影響を与えることもあります。若いうちは多少の無理が効いても、年齢を重ねるにつれて身体は正直に反応するようになります。今は大丈夫でも、数年後、数十年後の自分の健康を考える視点が必要です。

仕事の内容が身体に与える影響も考慮すべきです。デスクワーク中心であれば、運動不足や眼精疲労、肩こりといった問題が起こりやすくなります。立ち仕事や肉体労働であれば、腰や膝への負担が蓄積します。夜勤や不規則な勤務であれば、生活リズムが乱れて体調を崩しやすくなります。自分の体質や年齢を考えて、長期的に続けられる働き方を選ぶことが重要です。

メンタルヘルスも見逃せません。仕事のプレッシャーや人間関係のストレスは、精神的な健康に大きく影響します。自分がどういう環境でストレスを感じやすいのかを理解し、それを避けられる職場を選ぶことも、健康を守る戦略です。完全にストレスのない仕事は存在しませんが、自分の許容範囲を超えるストレスがある環境は避けるべきです。

健康を維持するための時間を確保できるかどうかも重要な視点です。運動する時間、健康的な食事を作る時間、十分な睡眠をとる時間。これらが確保できない働き方は、長期的には持続不可能です。仕事が忙しすぎて自分の健康管理ができないような状況は、いずれ破綻します。健康を維持するための時間を確保できる働き方を選ぶことは、贅沢ではなく必須条件なのです。

また、健康と生産性は密接に関連しています。健康であれば集中力も高く、効率よく働けます。体調が良ければモチベーションも維持しやすくなります。反対に、健康を損なえば仕事のパフォーマンスは確実に下がります。健康を犠牲にして働くことは、短期的には成果が出るかもしれませんが、長期的には自分の市場価値を下げることにもなりかねません。

キャリアを長く続けるためには、健康という土台をしっかりと守ることが不可欠です。今の自分の健康状態を正確に把握し、それを維持または改善できる働き方を選ぶこと。これは、理想論ではなく、極めて現実的で重要な判断基準なのです。

家族や大切な人との関係をどう守るか

人生において、仕事と同じかそれ以上に大切なのが、家族や大切な人との関係です。どれだけキャリアで成功しても、大切な人との関係が壊れてしまっては、本当の幸せとは言えません。キャリアを選ぶ際には、これらの関係を維持し、育てていけるかどうかも考慮する必要があります。

家族との時間は、意識的に確保しなければ失われていきます。長時間労働や頻繁な出張がある仕事を選べば、家族と過ごす時間は必然的に減ります。子どもの成長は待ってくれません。今しかない貴重な時間を、仕事で逃してしまうことの代償は大きいものです。将来後悔しないためにも、自分にとって家族との時間がどれほど重要なのかを明確にしておく必要があります。

パートナーとの関係も、キャリア選択に影響します。転勤が多い仕事であれば、パートナーのキャリアに影響を与えることもあります。お互いの仕事をどう両立させるか、どちらのキャリアを優先するか、こうした話し合いが必要になります。一人だけで決めるのではなく、パートナーと共に考えることが、長期的な関係の安定につながります。

親の介護という問題も、いずれ直面する可能性があります。親が高齢になれば、サポートが必要になる時期が来ます。その際に、仕事と介護をどう両立させるのか。柔軟な働き方ができる職場かどうか、介護休暇制度が整っているかどうかは、将来的に重要な要素になります。今は若くても、10年後、20年後を見据えた働き方を考えることも必要です。

友人関係や地域とのつながりも、人生の質を高める重要な要素です。仕事が忙しすぎて友人と会う時間がない、地域の活動に参加できないという状態が続けば、社会的なつながりが希薄になります。人間は社会的な存在であり、様々な人との関係の中で生きています。仕事だけでなく、こうした横のつながりを維持できる余裕があるかどうかも、働き方を選ぶ際の視点として持っておくべきです。

ただし、すべてを完璧にバランスさせることは現実的ではありません。キャリアを築く時期には、ある程度家族との時間を犠牲にすることもあるでしょう。逆に、子育てや介護の時期には、キャリアのペースを落とす必要があるかもしれません。重要なのは、長期的な視点で見たときに、仕事と家族のバランスが取れているかということです。一時的な偏りはあっても、全体として調和が取れていれば問題ありません。

家族や大切な人との関係を守ることは、キャリアを犠牲にすることではありません。むしろ、充実した人間関係があることで、仕事にも良い影響をもたらします。家庭が安定していれば、仕事に集中できます。大切な人に支えられているという実感は、困難な状況でも頑張る力になります。仕事と家族は、対立するものではなく、互いに支え合う関係なのです。

住む場所という見落とされがちな要素

キャリアを考える際に、意外と見落とされがちなのが住む場所です。しかし、どこに住むかは、生活の質やキャリアの選択肢に大きな影響を与えます。東京で働くのと地方都市で働くのでは、生活のあり方がまったく異なります。自分がどこで、どんな環境で暮らしたいのかを明確にすることも、キャリアデザインの一部なのです。

都市部には、仕事の選択肢が多いという明確なメリットがあります。特に東京や大阪などの大都市圏には、様々な業種や職種の企業が集中しています。転職の機会も多く、キャリアの可能性は広がります。しかし一方で、家賃や物価が高く、通勤ラッシュや人混みといったストレスもあります。子育てをする環境としては、自然が少なく、住宅が狭いという課題もあります。

地方には、生活コストが低く、自然が豊かで、ゆとりのある暮らしができるというメリットがあります。通勤時間も短く、子育てもしやすい環境が整っていることが多いです。しかし、仕事の選択肢は限られ、給与水準も都市部より低い傾向があります。専門的なキャリアを築きたい場合、地方では難しいこともあります。

リモートワークの普及によって、住む場所の選択肢は広がっています。都市部の企業に勤めながら、地方に住むという働き方も可能になりました。生活コストを抑えながら、都市部の給与を得ることができれば、経済的な余裕が生まれます。自然の中で暮らしながら、最先端の仕事に携わることもできます。ただし、完全リモートが可能な職種は限られており、企業によっては出社が必要な場合もあります。

海外で働くという選択肢もあります。グローバル化が進む中で、海外での就業機会は増えています。語学力や専門性があれば、より高い報酬や貴重な経験を得られることもあります。しかし、言語や文化の違い、家族の問題、ビザの制約など、クリアすべき課題も多くあります。若いうちに海外経験を積むことは貴重ですが、長期的に住み続けるかどうかは慎重に考える必要があります。

また、住む場所は固定的なものではありません。人生のステージによって、最適な場所は変わります。若いうちは都市部で経験を積み、子育て期には郊外や地方に移り、老後は自然豊かな場所でゆっくり過ごす。こうした段階的な移住も、一つの選択肢です。その時々で最適な場所を選びながら、人生を設計していくという柔軟な発想も大切です。

住む場所とキャリアは密接に関係しています。自分がどこで暮らしたいのか、どんな環境が自分に合っているのかを考えることは、働き方を選ぶ上でも重要な視点になります。場所の選択によって、生活の質もキャリアの可能性も変わってくるのです。

理想と現実のバランスを取る

ここまで、お金、時間、健康、家族、住む場所といった様々な要素を見てきました。理想を言えば、すべてを完璧に満たす働き方があればいいのですが、現実にはそうはいきません。何かを得れば何かを失う。この現実を受け入れた上で、自分にとって最も大切なものを見極め、バランスを取ることが重要です。

理想論に走りすぎないことが大切です。高収入で、やりがいがあって、残業がなくて、自由に働けて、将来性もある。そんな完璧な仕事は、ほとんど存在しません。あるとすれば、競争率が極めて高く、実現するのは困難です。理想ばかりを追い求めて現実的な選択肢を見逃してしまうことのないよう、地に足をつけた判断が必要です。

優先順位をつけることが現実的なアプローチです。すべては手に入らないからこそ、自分にとって何が最も重要なのかを明確にします。今の自分には、お金なのか、時間なのか、やりがいなのか、安定なのか。この優先順位に基づいて、ある程度の妥協をしながら選択していくのです。完璧でなくても、自分の価値観に合った選択ができれば、それは十分に良い選択です。

また、人生は長いということも忘れてはいけません。今この瞬間だけを見るのではなく、5年後、10年後、さらにその先まで見据えることが大切です。今は収入を優先するけれど、将来的には時間を重視したい。今は経験を積む時期だけれど、いずれは安定を求めたい。こうした長期的な視点を持つことで、段階的にキャリアを調整していくことができます。

定期的な見直しも重要です。一度決めた働き方を一生続ける必要はありません。状況が変われば、優先順位も変わります。そのときどきで、人生全体のバランスを見直し、必要があれば働き方を変えていく柔軟性を持つことが、長期的な満足につながります。

理想の1週間を描くワーク

ここまで人生全体からキャリアを考える視点を見てきました。では実際に、自分にとって理想的な生活とはどのようなものなのかを具体的に描いてみましょう。このワークは、あなたの価値観や優先順位を明確にするための実践的な作業です。

理想の1週間の過ごし方を、平日と休日に分けて、朝から夜まで具体的に書いてみてください。何時に起きて、何をして、どんな風に過ごすのか。できるだけ詳細に、具体的にイメージしながら記述します。

たとえば平日であれば、朝何時に起きて、朝食はどう過ごし、何時から仕事を始めるのか。通勤時間はどれくらいか、あるいは在宅勤務なのか。昼休みはどう過ごしたいのか。仕事は何時に終わって、夕方から夜はどう過ごすのか。家族との時間はあるのか、自分の時間はあるのか。何時に寝るのか。

休日についても同様に、朝はゆっくり起きるのか、早起きして活動するのか。家族と過ごすのか、一人の時間を持つのか。趣味に時間を使うのか、勉強するのか、友人と会うのか。どんな風に休日を過ごせたら充実感を感じるのか。

この作業を通じて、自分が本当に大切にしたいものが見えてきます。朝の時間をゆっくり過ごしたいと書いたなら、通勤時間が短い職場が向いているかもしれません。家族との夕食を大切にしたいと書いたなら、残業が少ない働き方が必要です。休日に勉強時間を確保したいと書いたなら、平日に疲れすぎない仕事を選ぶべきです。

完璧な理想を描く必要はありません。今すぐには実現できなくても構いません。大切なのは、自分がどんな生活を送りたいのかを具体的にイメージすることです。このイメージが、キャリアを選ぶ際の判断基準になります。求人を見るとき、転職を考えるとき、常にこの理想の1週間を思い出し、それに近づける選択なのかを考えるのです。

人生全体から見たときに、自分にとって本当に良いキャリアとは何なのか。このワークを通じて、その答えの輪郭が少しずつ見えてくるはずです。

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